嫉妬(5)

松村は松村祐子として会社に復帰した。
これは人事部長の計らいだ。
人事部長だけは松村の入院からの出来事全てを理解してくれていた。
松村にとっては"復帰"でも、会社のみんなから見れば中途採用で採った女子社員というだけだ。
松村なんて名字は珍しいものではないから、あえて同姓だということを注目する者もいない。
松村祐子が松村豊だと知る者は人事部長以外誰もいなかった。
祐子にとってはそのほうが都合が良かった。
性転換して復帰なんてことが知れたら、すぐにでも会社を辞めざるをえないだろう。

祐子は以前と同じく営業部営業一課に配属された。
上司は課長となった同期の川合だった。
川合は例のプロジェクトを成功させた功績を認められ、若くして課長に抜擢されたのだ。
それだけではない。
専務の娘と結婚し、将来は幹部と目されているらしい。
男のころならそういう川合に対してライバル視していただろう。
しかし、今の自分にとってそんなことはどうでもよかった。
再び働ける喜びが大きかった。
祐子は以前のように社外を飛び回るのではなく、外回りの社員のためにデータ収集や資料作成などを行うアシスタントという立場だった。
それでも祐子は働ける喜びから必死に頑張った。
飲みに誘われても全部断った。
祐子は仕事一筋の毎日を過ごした。

美人で仕事ができて付き合いの悪い祐子は女子社員から嫌われていた。
大声で嫌みを言われることもあった。
ロッカーの前に生ゴミを捨てられていることもあった。
しかし祐子はそんなことは気にもとめなかった。
女性からの嫌がらせはなかなかやまなかった。

できる社員からは一目置かれる存在だったが、大抵の男子社員からは明らかに自分より仕事ができる女子社員なんてものは目障りな存在でしかなかった。
男はある程度仕事ができると周りに認められるが、女性の場合はそうでもないらしい。
男子社員には明らかに祐子を無視する者が現れた。

祐子は仕方なく、できる限りの誘いには応じるようにした。
皆と会話することで少しずつ祐子のことを理解してもらうようにするしかないと考えたのだ。
祐子の努力は実を結んだ。
女子社員のいじめはなくなり、男子社員のあからさまな無視はなくなっていった。

祐子の作った資料は分かりやすいとの評判だった。
そんな資料作りの功績が認められ、再入社して半年後ようやく外回りに同行させてもらえるようになった。
最初はメインの男性に同行するだけだった。
はっきり言って美人の祐子を客の興味を惹く材料として利用していたのだ。
祐子はそんなことは気にしなかった。
むしろチャンスととらえていた。
客によっては女があまり前に出てくるのを好まない客もいる。
祐子は出しゃばらず、効果的な言葉を発するように気を配った。
少しずつその努力が認められて一人で客先に行く機会もでてきた。
「御社にはこんな美人で優秀な社員がおられて幸せですね」
そう言われることすらあった。
祐子は主力戦力の一人として数えられるまでになり、大きな仕事が回ってくるようになった。

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