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フェチ(14)

そんな楽しいだけで大学生活は永遠に続くものではない。
幸いなことに大学の単位だけは真面目に取っていたので、卒業することは問題ない。
しかし卒業後についてはまだ何も決まっていない。
そろそろ真面目に考えないといけない時期なのだ。
卒業後のための対応、それは就活だ。
周りが就活を始め出したという声を聞いているときは、少しくらい遅くなっても、という気持ちだった。
そろそろ始めなければ、と思ったときには、完全に出遅れていた。
中には自ら起業するなんて奴もいた。
しかし僕には起業する意欲なんてあるはずもないから、どこかの企業に就職することを目指すしかない。
すでに出遅れているのだから、かなり真剣にやらないとヤバい。
僕は就職が決まるまで女装を封印することに決めた。
出遅れたせいか、誰もが知っている会社はすでに申し込みすらできない状況だった。
そこで僕は聞いたこともない会社を中心に手当たり次第申し込んだ。

その日は建築の設計会社の面接だった。
建築なんて全然知識がない。
しかし選り好みを言っている場合ではないのだ。
受け付けてもらえさえすればとりあえず申し込んでみる。
面接までしてもらえばラッキーだ。
もう少し早く始めればよかったと今さら後悔しても仕方ないのだ。
行きて行くために今頑張るしかないのだ。

僕は面接を受けるために会社に向かっていた。
場所を確認しようと手に持ったスマホを見た時だった。
ドンッ!
背後からぶつかられ、あやうくスマホを落としそうになった。
「あっ、ごめんなさい」
女性だった。
僕の顔を覗き込むように謝ってくれた。
「あ、いえ、大丈夫ですから」
僕は反射的にそう口にしていた。
すると、ニコッと笑って、颯爽と歩いて行った。
恰好いいな。
僕はその女性の後ろ姿をずっと見ていた。
覗き込まれた時の顔も好きなタイプだった。
服装はビジネススーツで、スカートはタイトスカートだ。
髪はショートヘアだった。
後ろ姿は僕の好きなタイプとは違う。
それでも素敵だと思った。
女性が入ったのは、まさに今僕が向かっている会社が入っているビルだった。
あんな人と同じ職場だったらいいな。
このビルにはいくつかの会社が入っている。
もし同じ会社でないにしてもうまくいけば毎日会えるかもしれない。
就職できるかも危うい状態にもかかわず、僕はそんな邪なことを考えていた。

それから1時間後、面接試験は終盤に入っていた。
目の前には面接官が3人いたが、質問をするのは真ん中の面接官だけだった。
その後ろに同じくらい若いラフな恰好をした人が座っていた。
それにしても、この会社の試験は、これまでの会社に比較して、あまり試験らしくなかった。
最近興味のあるテレビ番組とか、そこからスポーツの話になり、好きなアイドルの話になったりしていた。
おかげで面接試験にもかかわらず、僕の気持ちには緊張感がなくなっていた。

「ところで君はどうして我が社に入りたいと思ったんだね?」
ここに来て、やっと面接らしい質問が来た。
「建築分野に興味があるからです。それにここで働けば、さっき見た恰好いい女性と一緒に働きたいなって思ったからです」
緊張感が消えていたせいか余計なことを言ってしまった。
全然質問をしない端の面接官が苦笑するのが目に入った。
失敗した!
最初の気楽な質問は僕の本性を引き出すためのものだったのだ。
「ほぉ、恰好いい女性か。それってどんな人だったの?」
なぜか後ろに座っていた若い男性が聞いてきた。
回答した流れで話するしかなかった。
「このビルの人だと思うんですけど、軽くぶつかったときすぐに『ごめんなさい』って言ってくれたんです。今の時代、スマホを見ながら歩いてるせいで、やたらとぶつかるくせに、何もなかったように去って行く人が多いじゃないですか。なのにサラッとごめんなさいって言えるなんてカッコいいなって思って」
「川瀬くんのことかもしれんな?」
質問した男性が真ん中の面接官に聞いた。
しかし面接官は何も言わず、聞いた男性を睨みつけた。
「あっ、悪い。何も言わない約束だったな」
若い男性が黙り込んだ。
すると再び面接官が質問してきた。
「建築分野に興味があるということだけど、具体的にはどういうところかな?」
それからは真面目な質問が続いた。
最初の気楽な質問は緊張をやわらげるためのもので、後半がメインだったのだろう。
しかし後半の僕の回答は散々だった。

「今日の結果は後日連絡するします」

5日後、予想通り不採用の連絡が届いた。
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